東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1497号 判決 1980年9月04日
控訴人
(附帯被控訴人)
共栄火災海上保険相互会社
右代表者
高木英行
右訴訟代理人
江口保夫
外三名
被控訴人
(附帯控訴人)
河村慶一郎
被控訴人
(附帯控訴人)
河村静江
右両名訴訟代理人
芹沢博志
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 附帯控訴人らの附帯控訴に基き、原判決主文第二項を次のとおり変更する。
附帯被控訴人は附帯控訴人らに対し各金五〇〇万円及び右各金員に対する昭和五〇年五月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴及び附帯控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。
四 この判決は主文第二項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一本件事故の発生及び本件保険契約の締結
請求原因1及び2(二)(2)の事実は当事者間に争いがない。
二本件加害車の運行供用者
加害車の所有者が亡隆司であつたことは当事者間に争いがない。
そして本件事故当夜の状況及び事故に至る経過の概略は、<証拠>を総合すると、次のとおりであることが認められる。すなわち、訴外古川、同海老名らは昭和四九年一月一五日成人式を迎えた者であるが、これに先立ち高校での同級〓など同年輩の親しい友人と前祝いの会合を持とうと計画して隆司、渡辺、南雲などに連絡し、同月一四日午後九時頃喫茶店「アイアイ」に約一〇人足らずの者が集合の上、打揃つてスナック「パブフレンド」に赴いた。隆司は加害車の所有者として日常これを自己の用に供していたが、当夜もこれを運転して自宅から「アイアイ」に至り、「アイアイ」から「パブフレンド」に移動するに当つては集合した友人の半数を加害車に乗車させて自らこれを運転した(残りの半数は古川運転の車に乗車)。「パブフレンド」ではあとから合流した野寺、夏見をも含めて一〇人前後の者がウイスキーなどを飲みながら歓談したが、夜半一二時ころおひらきとなり、全員店を出た。このとき渡辺は他で更に飲みたい気持でその旨を海老名に伝え同意を得たが、その他の者はそのまま帰宅する意向であつたので、古川は最寄りの電車駅である京成青砥駅まで他の者を送つてから帰宅すべく、古川車に四人を乗せて自ら運転席についた。隆司も同様の意向であつたが、加害車の助手席に海老名、後部座席に左から順に南雲、野寺、夏見が乗り終えた後、車外にて友人達を自分の下宿に連れて行き飲み直すつもりになつていた渡辺から自分に車を任せ運転させて欲しいと求められて渋々これを承諾し、ここに車の使用を渡辺に委ねることとし、車の鍵を同人に渡して自らは一五日早朝出勤する予定もあつたので電車で帰宅するつもりで最寄り駅まで便乗すべくすでに定員に達した後部座席の右端にいた夏見の右隣りにその膝に乗るようにして乗車し、渡辺が運転席についた。渡辺は先発した古川車の後に続いて加害車を発進させ前車に追尾進行したが、亀青新道との交差点中青戸小学校前まで来て古川車が青砥駅へ向うべく左折の合図を出して交差点内でわずかに左折しかけた時点で、これを追越すようにその右側に出て交差点を直進した(この時渡辺は青砥駅へ寄らず自分の下宿へ直行しようと考えたものと推測される)が、その直後、その先のゆるいカーブになつた個所で運転操作を誤り車を左右に大きく蛇行させた挙句、右側ガードレールに車体の右側面を激突させて横転させるという本件事故を惹起した。なお、渡辺はすでに昭和四六年中に自動車運転の免許を取得し、自分の車を所有していないため、友人の車を時々借用しては運転をしており、本件加害車をも前に一度運転したことがあり、ハンドルの癖などを知つていたものであつて、事故当時はある程度飲酒した後ではあつたが、そのために運転に差障りのある程度に酩酊しているようには見受けられなかつた、以上のとおり認められる。<証拠判断略>
右の事実によれば、本件事故当時、亡河村隆司は加害車に対する運行支配を未だ失わず、また渡辺利光は隆司から加害車の鍵を受取り、その運転開始のとき加害車に対する運行支配を取得してこれを継続し、もつて事故当時ともに加害車に対する運行支配を有するものとしてその共同運行供用者であつたと認めることができる。
三自動車損害賠償責任保障法(以下自賠法という)三条による責任
自賠法三条本文の「他人」とは「当該自動車の運行供用者及び運転者(運転補助者を含む)を除くそれ以外の者」をいい、運行供用者は事故により被害を受けたとしても自賠法による保護から除外されるのを通常とするところ、例外として事故を惹起した自動車に運行供用者が複数存在しそのうちのある者が被害を受けた場合には、複数の運行供用者の車に対する運行支配ないし事故当時の具体的運行に対する支配の程度態様において差異の存在することがある関係から、被害を受けた運行供用者のそれが賠償義務者とされた運行供用者のそれに比し、直接的顕在的具体的であれば前記運行供用者を「他人」から除外した趣旨により、被害者たる運行供用者は他の運行供用者に対し自賠法三条にいう「他人」であることを主張することは許されないと解するのを相当とするけれども(最高裁昭和五〇年一一月四日判決民集二九巻一〇号一五〇一頁)、逆に被害を受けた運行供用者の具体的運行に対する支配の程度態様が賠償義務者とされた他の運行供用者のそれに比し間接的潜在的抽象的であるときは、むしろ対外的には共同運行供用者として賠償責任を負う場合であつても、対内的すなわち直接的な運行供用者に対する関係では他人性を阻却されることなく、同条にいう「他人」として同条による損害賠償請求をなしうると解すべきである。
ところで、いずれの運行供用者の具体的運行に対する支配の程度態様が他のそれに比して右にいうより直接的顕在的具体的であるとすべきかを判断するにあたつては、運行供用者責任の基礎が危険責任すなわち運行供用者は危険物たる自動車の運行を管理支配し運行から生ずる危険を防止して他に危険を及ぼさないことが期待され、またそれが可能な地位にあることによつて重い責任を負担すべきものとされるにあることに鑑み、右期待に反し危険を防止することができず事故を惹起してしまつた当該具体的な運行において、事故の態様との関連において各運行供用者がおかれた状況ないし立場の差を右の観点から考慮してこれを決すべきものである。
右の見地から、本件においていずれも運行供用者に該当する亡隆司及び渡辺の両名につき、本件加害車に対する運行支配、具体的には事故当時における支配の程度態様ないし事故による危険発生防止上からそのおかれたそれぞれの立場をみると、前認定を要約すれば、
(一) 亡隆司は、加害車の所有者として日常自己の目的のために使用しており、事故当日は自宅から喫茶店「アイアイ」を経てスナック「パブフレンド」まで運転して行つたが、「パブフレンド」で友人一〇余名とともに飲酒し、終つて店を出た際、加害車の運転を運転免許を有する渡辺に委ね、自らは車の後部座席に同乗して進行中、本件事故に遭遇したが、右同乗の意図は電車で帰宅すべく最寄りの京成青砥駅まで行くためこれに便乗するというにあつた。
(二) 他方渡辺は、事故当日「アイアイ」に赴いてから後は亡隆司と行動を共にしていたが、「パブフレンド」を出た後、亡隆司から車の運転を委されその鍵を渡されて運転席につき加害車を運転し、同人らを同乗させて進行し、その考えていた行先は一先ず京成青砥駅に至り電車で帰宅を希望する者を下車させた後残りの友人と飲み直すためにその下宿先にということであつたが、そのうち自己の運転操作の誤りにより本件事故を惹起させた、
というのであつて、以上の事実からすると、事故当時の加害車の具体的運行において、渡辺は運転者であり危険物たる自動車の運行により生ずべき危険を回避すべく期待され、またそのことが可能であるのに拘わらず事故を発生せしめた直接的立場にあつた運行供用者であるのに対し、亡隆司は最寄りの駅に着くまでの単なる同乗者であり、運行供用者であるといつても具体的には渡辺を通じてのみ車による事故発生を防止するよう監視することができる立場にしかなかつたという点において、双方の運行支配の程度態様を比較すると亡隆司による運行支配の程度態様は渡辺のそれよりは間接的潜在的抽象的であつたのに対し、渡辺によるそれはより直接的顕在的具体的であつたということができる。
そうすると、亡隆司は渡辺に対しては自賠法三条の「他人」であることを主張できるものであり、渡辺は亡隆司に対して同条による損害賠償責任を負うというべきである。
四控訴人の賠償責任
控訴人は、渡辺は自賠法二条三項にいう「保有者」に当らないから、被控訴人らは同法一六条一項により保険会社たる控訴人に対し損害賠償額の支払を請求することはできないと主張する。
しかしながら、前認定の事実によれば、渡辺はいわゆる泥棒運転でもなければ、亡隆司に無断で勝手に加害車を運転したのでもなく、「パブフレンド」発車の際亡隆司から加害車の使用権限を与えられて運転したことが認められるから、自賠法二条三項及び一六条一項にいう保有者であると認めるべく、右使用権限のないことを前提とする控訴人の主張は理由がない。そうすると保険会社たる控訴人は、保有者たる渡辺に自賠法三条による損害賠償責任が発生したことに基づき、被害者に対し隆司の死亡により生じた損害賠償額を保険金額の限度において支払わなければならない。
五損害関係
損害関係及び過失相殺については、原判決理由中四、五項(原判決一二枚目―記録三一丁―裏一〇行目から同一四枚目―記録三三丁―裏六行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する(原判決一三枚目―記録三二丁―表一行目の「許し」の後に「その運転する加害車に同乗し」と加える。
なお、被控訴人らと渡辺との間の本件事故についての損害賠償請求事件(東京地方裁判所昭和五一年(ワ)第一一五三一号)について被控訴人ら主張のような判決が昭和五四年二月一六日確定したことは当事者間に争いがない。)。
六結論
以上によれば、控訴人は各被控訴人それぞれに対し、前示保険金額の限度内において損害賠償額各金五〇〇万円及び右各金員に対する本件訴状副本の送達によりその支払の催告を受けた日の翌日である昭和五〇年五月八日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきであつて、被控訴人らの本訴請求は正当であるから認容すべきである。
よつて、これと一部結論を異にする原判決を右の趣旨に変更し、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(吉岡進 手代木進 上杉晴一郎)